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東京大学およびアカデミズムの希望と憂鬱

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    東京大学およびアカデミズムについて
    さきほど東大に修士論文を出してきました。ここ2ヶ月くらいは、外出せず、家に缶詰で、寝るか、起きている時は文献を読むか論文を書くという孤独な生活でした(といっても、基本、僕はいつも寝ているのだけど。。)

    そもそも大学院にあらためて行くことになったきっかけは当時付き合ってた子が、「私、博士課程に行く!」というので、「ずるい、それじゃ僕も行く」という軽いのりでした。当時、僕は社会ですでにたくさん仕事も事業もやってきていたし、本も書いていたから、いまさら東大を受験し、大学院に初学者として行くのはすごく恥ずかしかったし、人にも言いにくかったけど実際にやってみて本当に良かったと思います(もちろん、事業もあり真面目には通っていなかったけど)

    第一に、古典と格闘することのマゾ的快楽。普段、140文字のつぶやきとfacebookでシェアされる「まとめ情報」で生きている自分のような人間にとって、カビの生えた図書館で古典に10時間向き合うの日々は最初は苦痛この上ない。1日目は3ページしか進まない。でも7日目には50ページ読めるようになる。1ヶ月経つと100ページ読める。でも一回読み終えてもやっぱりわからない(^_^;)。しかし3回読むとじんわりと輪郭が見えてくる。そして、熟成の期間を3ヶ月経て、ようやく本質がみえてくる。もちろんネットが世界に張り巡らされ、ドローンが飛び交い、3Dプリンタで物質の転送ができるこの時代、いまさらマルクスやメンガーの経済学なんて「(まとめ的な)結論」から言えば現代に合わないしそんなことは言うまでもない。しかし、時代背景を含めた彼らの思考の深み、思考過程、背景にある信念、過去の歴史と人間の思想の変遷に対する深い理解を知るほど自分自身も安易に言葉を紡ぐことが憚れるようになる。読めば読むほど、学ぶほどに、自分は何も本質がわかっていないということを嫌というほど思い知らされる。なぜ、自分にはこの書いてあることがわからないのか?(笑)と無知と無能を思い知らされ、そして今までの自分の考え、著してきたことの浅はかさを恥じることになる。研究者は緻密な言葉を丁寧に使い、豊富な語彙をもちいて正確な表現をする。論理と数学を駆使して再現性のある事実を語る。独善的なビジネス書が膨大に出版される今だからこそ、古今東西の古典、文献と論文を読まなければならないと思い知らされるのだ。

    第二に、アカデミズムという一つの生態系に属するという心地よさを味わうこと。これはガウディのサグラダ・ファミリアの建築に従事している職人のような一体感覚に近いかもしれない。いつ終わるかわからない壮大な一つのものを皆で作り上げてゆくことのなんとも形容しがたい幸せな感覚を味わうことができるのがアカデミズムの妙味だ。たとえば東京大学の倫理規定はこちら(http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400006403.pdf)。ここからわかるように人類全体で一つの知の体系を作り上げてゆこうという公共精神が伺える。その目的の中では自分という個人の存在なんて本当にちっぽけだ。その意味では、修士論文などエチュード(練習)にすぎない。教授に言われてなるほどと思ったのは「この論文に君の独創性など求めていない。アカデミズムの住民としての素養と精神を問われているだけだ」という言葉。本当にそのとおりだよな。その意味では最後まで僕は在野の事業家でアカデミズムの学徒になりきれなかったけど。

    第三に、本当に素晴らしい教授たちに出会えた(知り得た)こと。東大は素晴らしい天才と秀才がいる世界でもある。見田宗介先生がわずか修士論文!の時に書いて出版された『価値意識の理論―欲望と道徳の社会学』(1966年)(http://goo.gl/rj7EXv)を読んだ時には、天才でありながら秀才がいるものだと感動した。「現代思想」の 2016年1月臨時増刊号の◎総特集が『 見田宗介=真木悠介- 未来の社会学のために』(http://goo.gl/14ATwA)なので興味がある人はぜひ。理系では暦本純一先生(http://lab.rekimoto.org/members-2/rekimoto/)はどうだろう。20年前にすでにiPhoneで使われているタッチパネルを発明していた歴本先生は発想の前提からして他の科学者と違う。人間の機能を拡張・強化するコンピュータでなく、コンピュータが”人間自体を拡張する”という思想からはじめている。例えばマエストロの演奏をデータ化して人間の筋反射に与えることで、素人が最高の演奏をしうる。あるいは笑いかけないと開かない冷蔵庫はどうだろう?人間にある種の行動を強いることでその人間の感情を変える。感情が行動を決定するのではなく、行動が感情を決める、と彼は考える。人間が機械を使うのでなく、機械が人間を拡張する、と考える。そのずば抜けた発想と前提にある知識と技術が一体となって新しい製品をあっけなく実現してしまう。経済学では僕の指導教員の須藤修先生はどうだろう。80年代にはすでにネットワーク社会について精緻な分析と展望を示し(正直、同じ年齢25歳時点での処女作『ノイズと経済秩序』(http://goo.gl/6bEKaH)の内容には嫉妬する。)、現在は、国家的・社会的なプロジェクトを多数統括する社会政策家・プラクティショナーでもある。その他、本当に素晴らしい人々がいる(そうでない人もいる笑)。

    そういうわけで一段落しましたが、2年間(正味2ヶ月間)支えてくれた友達と会社の皆と、兄貴にまずはお礼を言いたいです。本当にありがとう。これから恩返ししますー(*´∀`)

    P,S 論文はまだ受理されていませんー。でも今日から禁酒を解禁しますー。


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