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起業家が語る、慶應義塾高校社会科の授業 17才の君たちにせいぜい僕が言えること

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    こんにちは。山口揚平です。今日は社会とキャリアについて話します。
    そもそも、社会人と学生の違いはたった一つしかありません。
    学生は、自分のことだけ考えていればいい。社会人は他人のことを考える必要がある。貢献意識、コントリビユーションマインドがあるかどうかだけが両者の違いだ。他人に対して価値を出す、貢献する、それだけ、だが根本的な違いが両者を隔てている。君たちは誤解している。就職にはスキルが必要だと思っている。知識やスキルが就職に必要なんてことはまったくない。必要なのは貢献意識、これだけだ。意識は、常に知識に先立つ。知識は風化する。意識だけが残る。君たちは今お客様マインドで授業にきている。うちの東大でもそう。学生は教えてもらう気分で授業に出ている。でも社会人は違う。授業に出たら、どうその授業に自分が貢献できるかを考えている。生産的な発言や提案をする。今の君たちのような椅子に踏ん反り返った態度なんてとらない(笑)。ハーバードビジネススクールは、2000万近くの生活費、学費を出して行く学校だけど、出席した授業でいかにリーダーシップを発揮するかが求められている。つまり学生は授業への貢献が求められている。その意識がないなら来るな、というスタンスだ。だから全体が盛り上がり切磋琢磨する。

    僕が言いたいことは、単純だ。君たちは、消費者から生産者にならなければならない。その第一歩が貢献意識だ。知識はそれについてくる。人は主体的にさえなれば、半年でなんでも身につけることができるものだ。
    就活や面接で絶対言ってはならないのは、「自分は⚪︎⚪︎を将来やりたいです」ってことだ。そんなことは、スタバで友達と話せ。君たちが何をやりたいかなんて会社は興味がない。面接や社会人、インターンで話すべきは、今、この瞬間、君が何で貢献できるかだ。そしてそのエビデンス。実績やスキルなどの証拠だ。その次に将来、どう貢献できるかを話す。それで終わり。ゴミ拾いでもコピー取りでもなんでもいい。君が貢献できることを言え。社会人にとって君らの夢などくそくらえだ。そんなことは表参道のカフェで、自分の彼女を相手に存分に語っていればいい。社会とは他人に貢献することのみを基軸として成り立っている空間なのだ。まずこの概念を骨の髄まで染み込ませて欲しい。

    さて、彼女といえば、君たちが見ているFC2動画(もちろん僕も大変お世話になっている)、あればかり観ててもダメだ。逆に、女性向けAVを観ろ。同じ行為を撮っても作り方は全く違うことに気づくはずだ。男は結果重視。女はプロセスがすべてだ。出会った時からコトは始まっているのだ。女性向けAVは大抵、月9ドラマのような恋愛展開がだらだらと続き、やっとこさ行為に至っても男女が身体を密着させて行う。男はビジュアルで燃えるから女優の身体がよく見えるように撮影するが、女はつながりで感じるから撮影方法も自ずと密着型になる。例はよくなかったが、これがマーケティングだ。つまり、自分ではなく、貢献すべき相手の目線にたって考える、分析する、行動するとはそういうことだ。自分本位の行為は相手は満足しない。それでも君が彼女に振られないのは相手の優しさである。感謝しよう。さて、図らずもモテの話になったが、モテを含め、勉強、健康、ビジネス、その他、世の中のあらゆるものは技術である。つまり先天的なもの、君たちにできないものは何もない。すべてはステップバイステップで獲得できるものである。スキルなど所詮その程度だ。技術の賞味期限は短い。モテるための努力は男である限り、永遠に続く。歯を磨き、清潔感を出し、姿勢を正して、ジェントルになること、稼ぎ、心の器を広げるしかない。あらゆることが、外形的・内面的なたゆまぬ努力の結果でしかない。そして、繰り返すがすべては技術であり、継続的努力によって獲得可能であるということだ。

    17歳から27歳までの君たちの人生のテーマはたった一つしかないだろう。それは、こじらせた自己評価をマイナスからゼロまで持ってくる過程そのものである。君たちは少なからず自分が嫌いだと思う。自己肯定感が足りてないかもしれない。君たちはなぜ就職ばかり気にするのか?それは就職したいからではない。怖いからだ。レールから外れること、お金がないこと、それらは恐怖であり、恐怖とは自己否定である。だから君たちがやるべきは本来、就活ではない。恐怖と向き合う勇気を持つことだ。

    君たちはこれから10年かけて自分を取り戻す旅に出る。一つは外の世界に向けてコントリビユーションを続けて成果を出し、認められ、金を得ること、そうやって自信を獲得してゆく過程だ。もうひとつは、自分の内側の世界に向けての旅だ。君たちが嫌いな人間、どうしても許せないタイプの人を1人2人考えてほしい。親、兄弟、先輩、先生、クラスメート、誰でもいい。いいか、それは君たち自身の一つの姿である。この世には他人など存在しない。他人とは自分の心に生まれた感情の破片に過ぎない。他者嫌悪の本質は自己嫌悪である。認められない他人は誰にでもいる、その存在を認めること、それは自分を認めることであり、それこそが内なる旅だ。この外と内の二つの旅をすることで、君たちは初めて自分を取り戻すことになる。君たちが社会に出ることの本質はそういうことにある。外と内の摩擦、恐怖と向き合い受け入れる過程が本当の自己を取り戻すために必要なプロセスなのだ。金やらスキルやらはその付随、よく言って副産物にすぎない。

    そこからが本当の人生の始まりである。君たちは大学で何をやればいいのかわからない、何を専攻し勉強すべきか、どうすればいいのか、悩んでいるかもしれない。しかし、いいか。耳をかっぽじって聞きたまえ。「人生においてしなければならないことなどなにもない」のだ。何をしたらいいのかわからなければ何もしなければ良い。それでも何かしなければ、と動きだしてしまうのは君たちが恐怖に立ち向かう勇気をまだ持っていないからだ。僕は君たちのそのステータスを否定しない。ただ、君たちは、自分のステータスを理解しておくことだ。自己を俯瞰し、自分の感情、自己の本質に目を向けるということだ。大事なことだから、繰り返す。この世の中に、君の人生に、しなければならないことなど何一つない。君たちはその存在そのものが価値あるものである。それを認めるしか人生の本当のスタート地点に立つすべはない。外の世界で死ぬほど頑張って何億稼いだとしても、この真実、自分の本質的価値に気付かなければ、君は死ぬまで走り続けることになるだろう。内なるバイアス(偏見、他者嫌悪)を癒せなければ心の平安は得られないだろう。だからこそ青春の本質は自己肯定の内外の旅だと僕は言うのだ。

    さて、そもそも君たちは自分の就職や将来の不安ばかり考えているが、それはダメだ。ノブレス・オブリージュ、高貴なるものの義務というものがある。真のエリートは、公共に殉ずるものだ。君たちは、仮にも慶応高校にいる。そしてそれはエリートにならなければならないことを宿命づけられているということだ。僕が言っているんじゃないよ。福沢諭吉先生がそう言っている(笑)。エリートというのは、学歴でも教養でも出自でも所得でもない。エリートは自己が満たされているが故に公共への忠誠を尽くす魂をもつ者のことである。ヨーロッパの貴族は戦争がはじまると将校として前線で真っ先に命を落とす。しかるに日本の軍部は中枢は生き残り、特攻を美化して責任の所在をそらした。それは大きな違いである。日本には今、エリート教育は存在しない。ノブレス・オブリージュを養うのには時間がかかる。今からすぐ始めなければならない。我が国の未来はアベノミクスにも、団塊世代にもない。君たちの勇気にかかっている。そういうわけで、よろしくお願いします。今日はありがとうございました。


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