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バットマンの悩みと、失業率の是非について 〜ダークナイト ライジングを観て〜

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    クリストファー=ノーラン監督下で製作された「バットマン」は、いつも悩んでいる。
    スーパーヒーローであり、大富豪であるにもかかわらず。
    いや、そうであるからこそ悩むのである。

    バットマンのいる「ゴッサムシティ」で、犯罪者(ジョーカーなど)が出てくると、バットマンは、出撃する。彼は正義のために、市民のために戦うのである。というのが表向きのストーリーである。

    だが本当の彼の心境は違う。
    彼は、常に、「自己のアイデンティティ」と「シティの平和」の矛盾について悩んでいる。

    どういうことか?

    バットマン(ブルース=ウェイン)が保有するウェイン・エンタープライズは、ゴッサムシティで知らぬ者はいない複合企業体である。同社はゴッサムシティに雇用を産み出し、豊かさを供給する。

    だが、ブルースは暇をもてあましている。大邸宅に住み、執事と軽口を言い合いながら時間を潰す。
    彼は生産に従事しない。その代わりに、極秘に莫大な資産を投下し、戦車や戦闘機、巨大なコンピュータを創る。そして、悪が出てくるとダークナイトとしてそれらを武器に戦うのだ。

    生産に従事しないブルースにとって、悪が存在しなければ、彼の存在は意味がない。

    悪が現れれば、それは彼の愛する市民・自分の会社の危機であるが、彼は心の奥底で悪の出現を望まざるをえない、という構図である。彼ほど自分のアイデンティティに悩むヒーローもいないだろう。

    僕達は、当然、ブルースではない。ヒーローでも資産家でもない。

    だが、今まさにこのバットマンと同じ悩みを先進国の人々は抱えはじめている。
    ただ誰もそれを口に出して言わないだけだ。
     

    スペインやギリシャ、米国など、先進国での失業率が問題になっている。
    日本でも内定がない、若者の雇用がないなどいつも社会問題として取りざたされる。

    つまり労働環境で、人が余っているわけだ。

    その一方で、少子化が問題だと人は言う。

    少子化が問題だといった場合、ほとんどのケースでは、要するに生産人口が低下することを懸念しているわけで、その割りには、現状、労働者が余っているというのはある種の矛盾である。

    まぁ、そんな話はさておいて、失業率である。

    では失業率が高いということは本当に問題なのだろうか?

    実は、先進国では、すでに人が生存してゆくために必要な物は余剰である。
    つまり生産過剰なわけだ。
    そうなれば当然、人だって余るわけで、その意味では、古典的な労働の意味(=生産)に立ってみれば、失業率が高いということは、それだけ豊かである、ということだ。

    もちろん、へりくつだと分かった上で僕はそう言っている。

    実際、人は余っている。

    日本のサラリーマンは、生活保護を批判するけど、今の日本の会社だって、本当に必要な仕事、つまり付加価値を出している仕事は、多く見積もって3割である。もしかしたら8割の人は無駄なことをやっていたり、他人(他部署)の仕事を創り出すための仕事をやっている。実際は社内失業している。

    会社の多くは、実は、価値を生みだす経済体でなく、月30万円の給与という名の年金を配る社会福祉団体と化している。そんな組織を銀行も政府も行政も必死になって支えるという構図だ。もちろん原発も同じ。

    正直、日本ではもう衣食住は十分に満たされている。
    コンビニで、セブン・プレミアムの安価でバラエティに富んだ食品群、ユニクロの安価で丈夫な衣服、住居の空室率が40%を超えているという現実。これら衣食住の“インフラ企業”は、東電をはるかに超える公共性・一般性を有している。

    日本では生存がすでに保証されているのだ。(当然、例外はある)
    つまり、生きてゆくための労働が必要のない時代に入っている。

    だからもし失業率が問題だというならば、それは食い扶持、というよりもむしろ、バットマンと同じ、アイデンティティの問題なのだ。

    これから、先進国に住む人々は、人生の目的を、「生存」から「創造」へと変えなければならない。ある種の人にとってはパラダイム転換である。

    その世界において、失業率とは、負の数字ではない。むしろ、失業率は“労働開放率”と言い換えるべきだ。

    ではなぜ、政府も国民も皆、雇用が大事だといい続けるのだろうか?
    ケインズ的な経済における労働・雇用効果を信奉しているからだろうか?当然、違う。

    それは、皆、時間をもてあますことを心から恐れているからだ。

    人々が真に恐れていることは、飢えることではない。アイデンティティを失うことだ。
    出世、給料、売上といった従来の指標にコミットしていれば、生きる意味を失わずにすむ。その壮大な虚構のために、現代の会社は存在しているのだ。理不尽な上司や非合理な業務が存在するのは、価値を創造する必要性がないからにすぎない。

    もし現代人が、人生の意味を、「生存」から「創造」へと転換したいならば、辛い苦行が必要だ。

    それが、ニートである。

    まずは、マインドの底まで染みこんだ労働者根性を徹底的に洗い流す必要がある。
    そのためには、ニートとして、名実ともに生産を放棄する期間が必要である。
    これには通常、1年〜2年かかる。

    最初は慣れないだろう。ニート初級者がせいぜいできるのは、単純な暇つぶしである。
    つまり、GREEと2ちゃんねるとパチンコと漫喫である。

    そのうち、禁断症状が出てくる。どうしても社会復帰したくなる。
    食えないからではない。生きる意味を見いだせないからだ。

    だがこの期間を耐えて、なんとか従来の社会の指標ではなく、自分だけの「指標」を設計しなければならない。そんなニートに求められるのは、「暇つぶしのリテラシー」である。

    最初は単純なものでいい。

    ナイキプラスでジョギングの記録をし、クックパッドのマイフォルダ機能で作ったレシピを増やし続け、農園を作り野菜を育て、収穫を記録すること。googleマップをつかって自分が旅した場所に★をつけてゆくこと。小さな記録が小さな達成感を生み、成長を促す。

    少しづつ大きくて社会的な目標が生まれる。
    じゃあ、人に貢献してみよう、と思う。貢献をお金に変換する、ということができるようになる。それが新しい時代の仕事の方法である。
    次に仕事と仕事を組み合わせて、さらに大きな価値を生み出すシステムを創りはじめる。それがビジネスである。
    仕事は遊び、ビジネスは価値と信用を創造するゲームにすぎない、と悟る時がくる。

    こうして人生の目的が、生存から創造に変わる。

    ブルースは、こうしてバットマンになった。アイデンティティを見つけたのだ。バットマンの悲劇はその暇つぶしのゲームの性質が他者の不幸の上に成り立っているということだった。
    もちろん、ブルースのような悩みを市井の人々が抱えるのは、ずっと先の話である。

    今、言えることは、あと数年の間に、僕達は、「暇つぶしのリテラシー」を身につけなければならない時代にさしかかっている、ということだ。


    (*)このコラムは、楽しみにしていた沖縄行きが台風でキャンセルになった腹いせに書いた屁理屈ですので、くれぐれも真面目にとらえないでね♪

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    コメント
    Facebookで陽平さんのこと、時々見ていました・・・・、正直いって、何故この人が私のFBにいるのかわからなかったのです、が本日改めて、その書き込みを読んでみたら、正に今私が求めている内容でしたので、ブログにコメントさせていただきます。
    ニートを違った観点から捉えた、私にとって新しい世界を感じました。私自身、見失ってしまった「自分の使命」について、ここ3年間探し続けています。かつてフリートなり紛いなりにも事業していた私にとって、再就職することができても、それは窮屈な世界であり、ほとんど長続きしない。3年間(いやそれよりも前からだから5年以上といった方がいいかも知れません)転職を重ねながら、「本当に自分がやりたい仕事って何なんだろう?必要とされる場所はどこにあるのか?」と、身軽な状態になって探し求めています。
    ニートって、そんな価値創造のための状態、働き過ぎるのが当然になってしまっている日本人の価値観を変えるために必要な状態なのかも知れない。
    ニートが生み出す新しいソーシャルビジネスが期待されますね。
    • Nana
    • 2012/08/24 5:18 AM
    管理者の承認待ちコメントです。
    • -
    • 2013/06/27 11:28 PM
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