2010.04.06 Tuesday
竜馬に期待はするな
今の日本の閉塞感を嘆き、ひそかに“維新”を求める若者は実は多い。
だが21世紀の「黒船」が日本にやってくる理由は残念ながら見あたらない。
だとすると、方策は二つである。地方と海外である。
イノベーションは、常に“周辺”から起こる。周辺は現実とこすれあい、摩擦しあっているからだ。霞ヶ関(コア)は現実に触れていない。そこでは空論が空転する。
もし志あるのならば、地方で旗揚げするのが一つの手である。幕末維新も、地方の脱藩志士によって成し遂げられたのを思いだそう。
また、未来ある若者は、一度、この国を出て行くのも手だ。
語学は、1年我慢すればいい。真の問題は、自らの志と健康とリテラシー(論理と教養)と、アイデンティティにある。日本とは何か?日本人とは何か?ということについて、自分独自の考えを持つことが必要だ。
これまでは「日本企業」と「日本国民」と「日本政府」は、“三位一体”として捉えられてきたが、今後は分裂する。
2006年頃から、先見のある「日本企業」は、この懲罰的な法人税(世界一)の「日本」を捨て、グローバルに戦うことに“決めた”。
当社のインターンであったルーマニアの国費留学生が、東大の大学院に進まず、楽天に就職すると聞いた時はびっくりしたが、楽天は新入社員100人以上を外国人とする方針を打ち出している。世界市場を意識している。
来期の上場企業の業績は、リストラ効果で、間違いなく過去最高益になるし、その結果生まれる短期間の株価の上昇の余波にのって国外逃亡する。
日本企業が、日本人を雇わなければならない、という理屈はないので、ここで決定的に「日本企業」と「日本国民」・「日本政府」は分離・反発することになる。日本企業はさっさと優秀な外国人を新たな乗組員として世界航海に乗り出すだろう。
日本企業という空母は、『沈黙の艦隊』のように、独立した存在として、暫くの間、アジア・パシフィックを漂うことになる。国際金融の支援さえあれば、その方が日本にとどまるよりもずっとメリットがある。
逆に日本から出て行かない日本企業は、政府の庇護のもとにある重厚長大御三家(どことは言わないが・・・)と、出て行けない中小零細企業だけだ。
では「日本企業」に去られる可能性の高い「日本国民」と「日本政府」は、どう出るか?
まず前提として、行政の無駄はなくならない。市民革命を経験していないこの国は、実質的には封建国家だから、国民が“お上”に口答えすることは決してないのだ。
で、財源の確保が問題になる。
政府は、出て行ってほしくない企業におもねって、(大企業の)法人税を下げるだろうが、それは要するに消費税にしわ寄せするということである。消費税の増税は、更なる内需の圧迫につながることになり、国内の閉塞感はますます高まらざるを得ない。
加えて、国民資金のロックによる財源の確保を狙うだろう。
政府の負債と国民の預貯金は、それぞれが1000兆円で、“いってこい”の関係にあるがそれは国民が間接的に国債を買っていれば成り立つ関係だ。
だが国民も、今更、“ユウチョ”にカネを預け、政府に「カツアゲ」されるほど馬鹿ではない。グローバル企業へと進化する日本企業や、成長する海外企業・資産へ少しづつ財産を移すはずだ。国民からも財源を確保できない。
というわけで結局、政府は国民の要請をかなえることは何一つできない。
もし一つあるとすれば、それは「日本円通貨の国際IR」であり、「高度な産業資本政策」であるが、そのような機能を持つ組織はない。
では、なにか新しい「組織」がこの国を導くか、というと情報化・分散化が進んだ今、そんなことはありえない。高度な組織化は、新たなコンセプトを必要とするが、今のところ、大衆の評価を得、導くことのできるビジョンを持った個・組織はない。
だとするならば、出て行けるものから出て行く、となるのが当然だ。
若者はグローバルに出て行く“船(新進気鋭の中堅企業)”に乗るか、グローバルで戦う外資系企業、あるいは自らの筏で世界を巡るしかない。
あるいは、あらたな「コミュニティ」を地域やバーチャルに形成し、その中で小さな生活と幸せを享受することになるだろう。
だが21世紀の「黒船」が日本にやってくる理由は残念ながら見あたらない。
だとすると、方策は二つである。地方と海外である。
イノベーションは、常に“周辺”から起こる。周辺は現実とこすれあい、摩擦しあっているからだ。霞ヶ関(コア)は現実に触れていない。そこでは空論が空転する。
もし志あるのならば、地方で旗揚げするのが一つの手である。幕末維新も、地方の脱藩志士によって成し遂げられたのを思いだそう。
また、未来ある若者は、一度、この国を出て行くのも手だ。
語学は、1年我慢すればいい。真の問題は、自らの志と健康とリテラシー(論理と教養)と、アイデンティティにある。日本とは何か?日本人とは何か?ということについて、自分独自の考えを持つことが必要だ。
これまでは「日本企業」と「日本国民」と「日本政府」は、“三位一体”として捉えられてきたが、今後は分裂する。
2006年頃から、先見のある「日本企業」は、この懲罰的な法人税(世界一)の「日本」を捨て、グローバルに戦うことに“決めた”。
当社のインターンであったルーマニアの国費留学生が、東大の大学院に進まず、楽天に就職すると聞いた時はびっくりしたが、楽天は新入社員100人以上を外国人とする方針を打ち出している。世界市場を意識している。
来期の上場企業の業績は、リストラ効果で、間違いなく過去最高益になるし、その結果生まれる短期間の株価の上昇の余波にのって国外逃亡する。
日本企業が、日本人を雇わなければならない、という理屈はないので、ここで決定的に「日本企業」と「日本国民」・「日本政府」は分離・反発することになる。日本企業はさっさと優秀な外国人を新たな乗組員として世界航海に乗り出すだろう。
日本企業という空母は、『沈黙の艦隊』のように、独立した存在として、暫くの間、アジア・パシフィックを漂うことになる。国際金融の支援さえあれば、その方が日本にとどまるよりもずっとメリットがある。
逆に日本から出て行かない日本企業は、政府の庇護のもとにある重厚長大御三家(どことは言わないが・・・)と、出て行けない中小零細企業だけだ。
では「日本企業」に去られる可能性の高い「日本国民」と「日本政府」は、どう出るか?
まず前提として、行政の無駄はなくならない。市民革命を経験していないこの国は、実質的には封建国家だから、国民が“お上”に口答えすることは決してないのだ。
で、財源の確保が問題になる。
政府は、出て行ってほしくない企業におもねって、(大企業の)法人税を下げるだろうが、それは要するに消費税にしわ寄せするということである。消費税の増税は、更なる内需の圧迫につながることになり、国内の閉塞感はますます高まらざるを得ない。
加えて、国民資金のロックによる財源の確保を狙うだろう。
政府の負債と国民の預貯金は、それぞれが1000兆円で、“いってこい”の関係にあるがそれは国民が間接的に国債を買っていれば成り立つ関係だ。
だが国民も、今更、“ユウチョ”にカネを預け、政府に「カツアゲ」されるほど馬鹿ではない。グローバル企業へと進化する日本企業や、成長する海外企業・資産へ少しづつ財産を移すはずだ。国民からも財源を確保できない。
というわけで結局、政府は国民の要請をかなえることは何一つできない。
もし一つあるとすれば、それは「日本円通貨の国際IR」であり、「高度な産業資本政策」であるが、そのような機能を持つ組織はない。
では、なにか新しい「組織」がこの国を導くか、というと情報化・分散化が進んだ今、そんなことはありえない。高度な組織化は、新たなコンセプトを必要とするが、今のところ、大衆の評価を得、導くことのできるビジョンを持った個・組織はない。
だとするならば、出て行けるものから出て行く、となるのが当然だ。
若者はグローバルに出て行く“船(新進気鋭の中堅企業)”に乗るか、グローバルで戦う外資系企業、あるいは自らの筏で世界を巡るしかない。
あるいは、あらたな「コミュニティ」を地域やバーチャルに形成し、その中で小さな生活と幸せを享受することになるだろう。
