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山口揚平の書籍一覧

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あけましておめでとうございます 〜事業創造について〜

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    いつもお世話になっている皆様へ


    こんにちは。

    ブルー・マーリン・パートナーズの代表山口揚平です。


    前回は個人的なお話をさせていただきましたが、今回は、会社の事業展開についてご紹介させてくださいませ。


    私どものコーポレートサイトをリニューアルいたしました。


    現段階では、ビジョンと企業情報、連絡先のみですが、段階的に公開してまいります。一度ご覧いただきますと幸いです。


    ウェブサイト

    http://bluemarlin.co.jp/vision/


    私達、ブルー・マーリン・パートナーズのビジョンは「2020〜2040年に繁栄する社会的事業の創造」です。


    新しい事業の創造にはシーズ(核となるモノ)、事業化する人(プロフェッショナル)、エネルギー(資本)が必要であり、それらを包括的に提供するのが「アクセラレータ」といわれる新しい業態です。当社もそれにあたります。欧米ではベンチャーキャピタルとコンサルティングの両側面を持つこのアクセラレータがすでに大きな位置づけを占めています。


    当社、ブルー・マーリン・パートナーズでは経営コンサルティングと事業創造投資の2つの事業を組み合わせて行っております。事業創造投資の分野においては、宇宙開発から劇場まで幅広く事業にコミットしており、各事業は、順調に成長しています。


    AIやアルゴリズムを使った企業分析のシェアーズ社は、大手企業様との案件を確保しております。デジタルディスラプション(システムによる超効率)の流れは金融(いわゆるFintech1.0)や、企業分析と価値創造の自動化によってコンサルティングや経営者マーケットの景色も塗り替えるでしょう。

    www.valuationmatrix.com


    ロボティクス・IOTのキビテク社も、大きく未来的なプロジェクトが増えております。

    http://qibitech.com/


    劇団ホチキスは、NetflixやAmazonプライムが駆逐するシネマコンテンツ業界の凋落と呼応し、劇場の確保とオリンピック需要を見込んだ成長するライブ市場へとシフトしております。

    http://www.hotchkiss.jp/


    仲間になったACTIT社は、役者でエンジニアの友人が社長をしており、チケット価格の柔軟な変動システムを取り込み、「転売屋」でなく、舞台に関わる人に直接利益が還元するシステムを作っています。



    宇宙開発事業のispace社は、12月に101.5億円の資金調達を実現し、月面探査レースHAKUTOの先のプロジェクトに着手しています。

    https://ispace-inc.com/jpn/


    海外研修プログラムを展開する株式会社旅武者は、毎年、全国から年間1000人が参加する日本最大のビジネスプログラム企業となりました。

    https://mushashugyo.jp/


    新しく加わった出資・事業創造先もあります。


    アニメ制作会社のツインエンジンは、ノイタミナ等のフジテレビ深夜帯で有名になりましたが、Amazonプライムとの長期大口契約を基軸として収益を拡大し、そのブランドと軍資金を元手に、ピクサーやディズニーと対抗・連携して世界市場を視野にいれはじめました。

    https://twinengine.jp/


    2015年の成城石井全店の売上で2位を取ったココナッツオイルを初めて日本に持ってきたブラウンシュガーファースト社は、類稀なオーガニック食品に関するセンスと素早い行動力で次の商材とビジネスシステムの洗練化を目指しています。

    http://bs1st.com/


    他にも地球規模の事業・企業に対するコミットをしています。アート・医療・農業・金融・宇宙、そして健康と人権を保全する様々なしくみ、地球環境・生態系、そのような分野における恒久性を担保する、新しいエコシステムの創生を目指してまいります。


     事業創造には方程式があります。


    当社では、事業フェーズ×事業モジュールに分解し体系化し、そのうちの重要な12のシーンで最適なアドバイザーとなる「事業創造メンタリングプログラム」を実施しています。詳細はダイヤモンド・オンラインで連載中の事業創造力養成講座をご覧ください


    「事業創造力養成講座」連載バックナンバー

    http://diamond.jp/category/s-jigyousouzou


     すべての事業フェーズ、事業モジュールを包括するメンタリングの提供が当ファームの独自性です。分野横断的に長期間実施する投資・コンサルティングに適性があります。皆様のお役に立てることがございましたら、お気軽にお問い合わせください。


    案件等の問い合わせ:

     http://bluemarlin.co.jp/contact/



    最後に、ブルー・マーリン・パートナーズのビジョンに共感いただいている皆様の中で、弊社の事業へと参画していただける方を募集しております。参画の方法といたしましては2種類ございます。


    <参画の方法>

    a)    事業創造家としての参画

    b)    投資家としての参画


    a)    事業創造家としての参画

    ブルー・マーリン・パートナーズでは現在、価値観とスキルに合わせて多様な人材を登用しております。投資先の増加に伴い、社員、準社員、事業委託(PJ単位)、アソシエイトすべての形態で参画者を募集しております。


    上記の条件をご考慮いただき、参画いただける形がございましたら、下記までお問い合わせください。


    応募フォーム: 

    https://goo.gl/forms/UHlq3UMvE9OpNg442


    b)    投資家としてのご参画


    ブルー・マーリン・パートナーズは原則自己資金から投資を行っておりますが、投資先の事業の増加に伴い、新たに外部からの投資も受け付けております。ブルー・マーリン・パートナーズのビジョンに共感し共に事業を育ててくださる皆様に、ぜひお力をお貸しいただきたく思っております。

    ご興味のある方は、より詳しい投資先情報をお送りいたしますので、お問い合わせください。


    問い合わせ:

     http://bluemarlin.co.jp/contact/


     微力ではありますが、皆様の生活がより豊かになるよう精進してまいりますので、今後とも末長く、よろしくお願い致します。



    山口揚平 拝


    ※大切な友人達への近況ご報告

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      ※大切な友人達への近況ご報告


      さて、6月3日の誕生日のあと、耐え難い腹痛で療養生活に入って以来、Facebookで正式にご報告しておりませんでした。大変失礼しました。ここにその後の経緯と近況をご報告させて頂きます。


      僕は今、元気でやっております。


      6月5日から発生した原因不明な急激な腹痛については友人からご紹介頂いた様々な検査や処方を経て、回復に向かっています。敢えて病名をあげればSIBO(小腸内細菌異常発生症)で安倍首相が前にかかった腸壁異常から来る腹痛の一種です。この種の病気(IBD)には難病指定もあります


      具体的には欧米の機能性医学の先生の指導の元、まずは遅効性の食品アレルギーテスト、ホルモン検査、腸内環境検査、金属アレルギー検査等を経て、体内で起こっている現象の詳細の把握と原因の特定、それに基づく処方(食事・運動・サプリメント)が功を奏し、腹痛は寛解しました。


      キレーション(毒の排出)とグルテン(小麦粉)・カゼイン(乳製品)を摂らないことで、体重は65kgから58Kgまで下がりました。


      僕はこれまで医学=処方だと勘違いしていました。つまるところ、手術を受け、薬を飲み、納豆を食べる・日に浴びることが良いというものですが間違ってました。全ての現象には原因と打ち手に個体差があります。僕がずっとやっている経営コンサルティングの手法と同様、現象→原因→処方というアプローチが、今、医療(予防を含む)の面でも先端検査手法の進化によって具体的な数値や事実として認知でき、それが現実的で効果的な処方につながって健康回復につながるのを身をもって実体験し、その可能性を強く感じています。数字や事実は僕達患者の意識を強く引きつけるものであり、そうすると僕のような意思の弱い人間でも実行動として健康的な方向に向かわざるを選ない、という効果もあります。“ファクト・イズ・キング”は経営コンサルティングの局面で成功体験に凝り固まった年配の経営陣の重い腰をあげる強い武器であったことを今更ながら再確認する次第です。


      このような個体の現象把握を広範・かつ微細に行うことで「病気以前」の健康問題・予防に迫る手法は、100兆円規模で医療・介護費を垂れ流す我が国の医療行政とコスト構造に風穴を開けるものと期待し、自分も当分野で事業創造として中長期でコミットする意思を固め、医学の基礎を勉強し始めました。私は思考家ですので、思考>知識の優先順位で生きてきましたが、医学と法律については考えをあらため猛省しました。人間の種としての本質は「個性」と「社会性」にあります。その意味で個の生命を担保する医学、社会の秩序を維持する法律こそは、もっとも原初的な人類の知識体系です。今、医学部編入試験のための勉強をしていますが、試験の必須科目である「生命科学」(医学部初年度の学習分野)に健康の根本があると信じています。本にも書きましたが時間が通貨になる時代では健康はその原価です。RoH(Return on Health)は医者のみならず誰もが意識せざるを得ないでしょう。


      7月のドクターストップ(12月までの事業仕事の禁止)の後、フィットネスジムを再開し、パーソナルトレーナーの指導の元、体幹を中心に姿勢・大腿筋を強化しています。自分の意思の弱さからジムは成功体験がありませんので、ピアプレシャーとなるパーソナルトレーナーとの関係(つまり次回の予約)が欠かせません。また、ノーム・コアの流れとユニクロ信奉で、市中の服がどんどんシンプル化し、「筋肉がファッション」となる時代においては、洋服やブランドを選ぶより身体を創る方がファッションの本質に迫ることになりつつあります。そういう副次的効果もフィットネスにはあります。


      「自分を知る」ことは人生を自由で楽しくするための唯一無二の方法だと思いますが、浅いレイヤーで言えば「自分の遺伝子情報やアレルギー傾向、蓄積してきた毒」の把握もその一環と言えます。もちろんより深いレイヤーでは「自分の天才性を微細なレベルで知っておくこと」がとても大事です。それは自分に向いているのは、広告業だとか農業だとかサービス業だとか、そういう”業種”レベルでは当然なく、また電通だとか三菱だとかANAだとか”企業”レベルでもありません。そしてデータサイエンティストやコンサルタントのような専門性レベルでさえありません。もっと微細で知覚し難い深いレベルの自分の強み・らしさを正確に認知することです。それは例えば「他人のわずかな表情の変化”微表情”に敏感である」「非常に抽象度の高い視座をストレスなく持ちうる」などです。これらは職種でも分野でもありませんが、前者を自己認知していたならばサービス業でも人材業でも弁護士として、探偵としても⁈活躍できるでしょう。自らの本質的なポジションを人生の早期に発見し、堅持し、育て、時代と社会に合わせてマネタイズの手法として成立させる努力が必要です。そこに至って初めて業種や専門性という目にみえ、人に理解される職業となります。ビートたけしは「人々の感情を揺さぶり動かせる」という微細なレベルでの自分の天才性の自己把握を行った後、当時の中心的な産業(つまりマネタイズできる領域)であった「お笑い」を最初に選んだわけであり、本質的に芸人ではありません。彼にとってはお笑いも映画も戯曲もアートも小説も同じように見えているはずです。これはダヴィンチも同様でしょう。彼らには「すべてが同じように見えている」はずです。岡本太郎が職業は人間です、といったのは彼が既存の職業的枠組み(アーティスト)に縛られラベル化されたくなかったからです。


      僕もこの療養生活を通して、あらためて自己の中心的な価値を再発見しましたし、自身のメタな思考力を経営コンサルタントとして、作家・哲学者として、事業家、政策者として、はたまたM&Aや投資家としての自分の価値貢献の中心に置いていければと思っております。私はメタな思考(抽象思考)を強みとするという点だけに絞ってみれば、「物事の整理屋」に過ぎず、それはよくいえば、「物事を全体で捉え、複雑に絡み合う現象の本質的なパターンを見出し、システム的に組み立てる力」とかっこよく言い換えられるのですが、経営コンサルタントとしての自分はまぁまぁ上位、作家として50点、哲学者として80点、事業家や経営者としては及第点を少し超えるくらい、投資家としては低ランクだと自己評価しています。ビジネスの本質はパス回しのうまさ(関わる人にメリットを与え続けること)だし、投資の才能の中心は洞察力だけでなく、まずは勇気と何よりもタイミングを捉える才能だと思います。先日のワイン会で中田英寿さんと話しましたが関わる人全体の幸福の設計とパス回しのうまさは現役時代の彼のボランチとしての才能につながるものを感じました。中田ブランドもあるとは思います。


      さて、話の中心を近況に戻します。この半年の療養生活は執筆を中心に行いました。「新しい時代のお金の教科書 (ちくまプリマー新書) 新書」という形で出版されておりますのでぜひご覧ください。お金と信用というテーマについては前著の「なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?」以来の5年ぶりになります。すべて自筆です(経営者は忙しく基本ライターを使いますが、僕は100万字すべて書いて、そのうちの10万字を本とします。その意味で僕のすべての著書はサマリー(要旨)であり、それぞれには90万字分のディテールがあります。ぜひ聞いてください。僕が他のきらびやかな経営者達と戦えるのは本ぐらいはすべて自分で書くことだと思っています。)


      療養生活は終わりを迎えつつあります。


      6月には会社の事業全体をストップ・保全すると決めたものの、他のメンバーの尽力で、各事業は(時流もありますが)、成長しています。特にAIやアルゴリズムを使った企業分析のシェアーズ社は法人の大企業向けに大口の案件を確保しています。デジタルディスラプション(システムによる超効率)の流れは、メルカリなどのCtoCだけでなく、金融(いわゆるFintech1.0)や、企業分析と価値創造の自動化によってコンサルティングや経営者マーケットの景色も塗り替えるでしょう。ロボティクス・IOTのキビテク社も今はやはり受託ですが大きく未来的なプロジェクトが増えています。劇団ホチキスは、NetflixやAmazonプライムが駆逐するシネコン業界の凋落と呼応し、劇場の確保とオリンピック需要を見込んだ成長するライブ市場(2.5次元演劇を含む)へシフトしています。仲間になったACTIT社は役者でエンジニアの友人が社長をしていますが、チケット価格の柔軟な変動システムを取り込み、転売屋でなく、舞台に関わる人に直接利益が還元するシステムを作っています。宇宙開発事業のispae社は、101.5億円の資金調達を実現し、月面探査レース、HAKUTOの先のプロジェクトにもうコミットしはじめています。海外研修プログラムを展開する旅武者は、毎年、全国から年間1000人が参加する日本最大のビジネスプログラム企業となりました。


      新しく加わった出資・事業創造先もあります。アニメ制作会社のツインエンジンはノイタミナ等のフジテレビ深夜帯で有名になりましたが、Amazonプライムとの長期大口契約を基軸として収益を拡大し、そのブランドと軍資金を元手に、ピクサーやディズニーと対抗・連携して世界市場を視野にいれはじめました。2015年の成城石井全店の売上で2位を取ったココナッツオイルを初めて日本に持ってきたブラウンシュガーファースト社は類稀なオーガニック食品に関するセンスと素早い行動力で次の商材とビジネスシステムの洗練化を目指しています。他にも地球規模の事業・企業に対するコミットをしています。ここまですべて自腹でしたが資金は使い切りました。投資お待ちしてます。


      ブルーマーリンパートナーズが事業として大事にしていることは2つです。一つは新産業の創生に関わること。大企業はたしかにお金を持っていますが、残念ながら戦後70年の産業構造から脱することは不可能と見ています。例えばもはやガソリン車や電気自動車にトータルなコスト(車体価格や燃費)で叶いませんし、かといって旧来のガソリン車中心メーカーがハイブリッド車でお茶を濁しても(いちばんコストが高い)、躯体の構造も部品の点数もまったく違うので対応できません。苦しい戦いです。2020年のオリンピックまでは持たせても、2021〜2023年の日本は旧産業の墓場となる地獄の時期かもしれません。2025年から産業・社会システムあらゆる面でこの国は刷新されるでしょう。もし旧パラダイムを保全するのであればこれまで蓄積してきた現金・資産を一度、とりまとめ、新パラダイムの産業へ投下することが必要です。それはポリティカルな動きが不可欠です。もう一つ大切にしていることは、プロフェッショナルであるということです。かつて(1970年代まで)、コンサルティングは医者と同様でした。お金でなく価値を、クライアントのためには退席も辞さないという矜持を持って、患者を選ばずなんとか食ってきた、というものでした。ただしA社のIPOやB社の投資ファンド化、また戦略系老舗2強のフレームワークのバラ売りと特定大企業への収益依存体質、シニアパートナーへの年金負担などのシステム弊害によって、功利的なカルチャーが徐々に浸透していった気がします。それはビジネスとして否定するものではありませんが、僕(と当社)は患者は選ばないし、投資やアービトラージで利を追求することもしない。金でなく信に、信の前提となる価値創造にコミットし、それを人件費で埋めて継続性を担保してゆく、そういった地味でありながらもメンバー・クライアントともに、物心共々ヘルシーで正しいプロフェッショナルを堅持してゆくことを誓います。それは決して給料が安いということではありません。またブルーマーリンパートナーズは上場だけでなく、その後の「国有化」を目指しています。新産業の芽を国有化(皆のものとする)させることで事業は完成します。


      私自身としては、作家としては、国内においてよりポップな存在とならなければ伝わりませんし、そのためにはエンターテイメント(筋書きと脚本、物語)の領域とつながることが大事です。哲学者としては、世界で戦える知力と言語化力、エージェントとのネットワーク作りが欠かせません。


      2017年は健康に苦しめられた年でしたが、2018年からは公私ともども地球規模で考え行動し、事業と思想を世界的展開してゆきます。40にして私は子供も家庭ひとつ持てず、社会においてもまだなにひとつ達成していない凡庸な一個人ですが、これからもどうぞ皆様のご指導・ご鞭撻をお願いいたします。


      これにて一旦、ご報告とさせて頂きます。


      山口 揚平 拝


      分配より創造を。

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        もし日々の生活に汲々としているならこの話は忘れてほしい。しかし少しでも心とお金と時間に余裕があり、自分や子供の将来を不安視するなら聞いてほしい。その不安を解消する最良の方法は社会を良くすることにコミットすることだ。この国は幸いにも島国だ。出ていくことは言語の面でも地理的にも難しい。ということはこの国と社会が良くなる結果は、すなわち自分にダイレクトに返ってくるということなのだ。世界を見渡してもそのような先進国は少ない。特に地続きのヨーロッパや大国の米中なら社会にコミットするより自分の生活だけを考えたほうが有利かもしれない。では、もしこの島国とその未来を良くするならば、いま、もっともやることは「長期的な富を産み出す新しいエコシステムを創造すること」だ。いま、問題になっている社会保障でも地域活性化でもない。そのような「富の分配」は、結局のところイデオロギーによる奪いあいに終始する。そこには正義という名の偏見しかない。もちろん医療・介護費用は国家歳出の40%に上るし、貧困・格差のもたらす不幸感は著しい。特に単一民族で人口密度の大きいこの島国では、格差の大きさが精神に与える影響は一層大きい。幸せはいつだって相対的な感情だからだ。だがしかし、それでも僕は、いま、全国民がコミットすべきは新しい富の創造・新産業の創生であると言わざるをえない。なぜなら配る富がなければ、分配論は意味をなさないからだ。2040年以降の我が国を考えた超長期の産業の芽を育てなければならない。新産業とは流行りのゲームアプリなど人の中毒性に依拠した短期的な企業利潤の追求コンテンツビジネスなどでは決してない。21世紀の人々が求めるつながりと物語、安心でき、美しい暮らしを実現するためのものだ。アート・医療・農業・金融(エネルギー)・宇宙、そして健康と人権を保全する様々なしくみ、地球環境・生態系、そのような分野における恒久性(少なくとも50〜100年)を担保する新しいエコシステムの創生のことだ。このような産業の創造には、3つの要素が必要である。核となるシーズ(天才)と、それを事業化するプロフェッショナル、エネルギーとしてのお金だ。その三位一体が必要となる。実際のところシーズ(天才)とマネーはある。足りないのは事業創造家(プロフェッショナル)である。この国の金融のしくみは愚かである。シーズの持ち主である天才やアーティストに“事業計画”を書かせ提出させようとする。そのような愚かなことをさせてはならない。考えてみよ。スティーブ・ジョブスが事業計画を書くわけがない。言語化はそれが得意なものに任せるべきである。それが事業創造家(プロフェッショナル)である。本当に価値あるものは眼には見えない。言語化されていない。それはただ直観するしかない。だからマネーの出し手は勇気をもって目には見えないものにベット(賭け)しなければならない。銀行家はそのような直感力を養わなければならない。もし言葉が並べられた書類にだけお金を供給していたならばそれはきっと当たり障りのない、決してて競争力のない事業であり、産業というものにはならないだろう。残念で恥ずかしい話だが、この国には、金があり、そして価値あるものを直観することのできる一個人は少ない。だからこそ、組織として一人ひとりが手を取り合って価値を顕在化して事業へとそして産業へとつなぐバケツリレーを皆でしなければならない。近くにいる天才は付き合いづらく、あえて言葉を選ばずに言えば“キチガイ”で“変態”かもしれない。しかしその価値を認め、助け、事業のコンセプトへ落とし、言語化し、資金を融通し、事業と組織をつくりあげる、そのような流れを集団を持ってつくりあげなければならない。アベノミクスの3本目の矢(産業の育成)はどうやら実行されそうにないし、残念だがもう言葉として風化している。政府のやることはいつも雑すぎる。それを悲観しても仕方ない。だからそれを実現するのは民間の僕達だし、行政官には、国家的な規模(10兆円)での独立法人「新産業創成機構」の設立をお願いしたい。僕は国家100年の繁栄のために、富の創造のシステムに全精力を投じる覚悟がある。もし皆に少しでも手すきの時間と余裕があるのならば、事業創造・産業創造にこそ関わってほしい。繰り返すが、今のような富の分配論でなく富の創造こそが自分の子どもたちの将来を保障する唯一の策なのだから。


        『君の名は。』 〜社会に出ないで世界を救う若者たち〜

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          「君の名は。」が流行っていると聞いて、新海誠監督の作品をいくつか観たのだけど、最初は受け入れ難かった。
          「セカイ系」と言うらしい。いわく、「君」と「僕」の愛があれば「世界」を救うことができる、ということ。しかし、「僕」と「君」と世界の間には、まず「社会」がずっしりと横たわっているし、未熟な「僕」が、理想の「君」に出逢うためには社会に踏み出さなければならない。引きこもりの「僕」に、美少女の「君」と出逢うチャンスなどないし、ましてや「世界」を救うヒーローになることはありえない。「社会」という三人称・三次元を超えた先にしか「世界」という時空を超えた四次元に到達するすべはない。セカイ系は三人称・三次元をすっ飛ばして二次元から四次元に向かう。新海誠作品がちょっとずるいなと思うのは現実「社会」をストーリー上は無視しながら、その描写の中には、新宿駅や常磐線など社会の象徴の風景を微細に描くことであたかも社会との絡みがあるような演出をしていることだ。作中には友人も家族さえもほぼ出てこないのに。。
          というわけで、うーん、これはキモいぞと思っていたのだが、はたと改めて考えてみると、よりグロテスクなのは「社会」の方かもしれないと思いあたった。僕は、学生の相談には就職を勧めず、お金と健康の問題を抱えた会社勤めの友人には即時退職を勧めて来た。会社に就職するのは、まずは手に職を、あるいは信用を、という理由からだろうが、90%の会社では手に職がつくことなどない。旧世代の産業システムのやり方や会社の独自文化を身につけることは市場価値からいえばリスクにもなりうる。一方で社会的信用を担保できる会社はせいぜい3-5%であろう。三井、三菱など商社の一部と尊敬される世界的企業だけだ。だから就職活動の最善手はこのような会社に内定し半年から一年で退職することだったりする。
          本当に手に職を、と思うなら学生時代から、バイト→業務委託→自分の会社設立→自分の組織作りへと、出世魚のように主体的にキャリアを作るほうが良い。
          加えて、親世代が言うように「就職が安定をもたらす」かと言えばそれはない。3年で1/3は辞め、5年で半分以上が辞める。辞めるだけならいいが、実態は病んで辞めることが多く、するとあとの人生が低空飛行になることもあり、むしろ長期的視点では生活は不安定になるであろう。ならば最初から上意下達で自由度のない就職よりも、不安定飛行ながら時間と人との距離感を自由に選択できる健康的自立を選ぶ方が長期的には安定するのではないか。どうせ80%の人は35歳までに会社を去って自立するのが現実なのだから。日本社会は過酷である。コミュニケーションとは「距離感のマネジメント」だと僕は思うが、学生時代に親しい友人は平均3-5人なのに会社に入った途端、世代も価値観もまだらな50人以上に膨れ上がり、過去のコミュニケーション・テンプレートは役に立たない。少しづつ調整していくことも今の社会環境では難しい。日本財団の調査によれば1/4の若者が一度は自殺を考える時代である。であるならば、むしろこのグロテスクな社会から距離を置き、自分のペースで調整を図ることのほうが適切だ。新海誠や「セカイ系」が人気を集める理由もわかろうというものだ。
          というわけで、今から「君の名は。」を観てくるよ。長い理屈でしたm(__)m


          なぜ、高層ビルは、みんなガラス張りなのか?

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            「なぜ、高層ビルは、みんなガラス張りなのか?」 こんな素朴な疑問だが答えを知っている人は少ない。デザイン的に良いから?ガラスには耐久性がある?いつでも取り替えられる? もちろんそれらも答えではある。 でも本当の理由はもっと単純だ。それはビル全体のコストを下げるためだ。コンクリートでビルを形成するとビル全体が重くなりそれを支えるために膨大なコストがかかる。ガラスが用いられるのはビルを軽くできるためだ。毎日高層ビルを見続けている都会人はこの素朴な疑問に答えられない。都会から距離をおけばこの疑問は非日常的になり、存在感を増す。そして解を探すことになる。解は調べればすぐにわかる。距離を置くことは、実はとても価値があるのに今の僕らは目の前の仕事と日常に埋没して時間をつかい、本当に解くべき問いを間違えている。それが日本全体の生産性を下げている。解は簡単に手に入る。足りないのは問いである。解を問うのが20世紀の教育だったならば、問いを問うのが21世紀の教育であろう。 教育つながりで素朴な疑問をもう一つ。 「なぜ子供はゲームばかりやって勉強しないのか?」親に東大に受かるルールを教える @yuki Yuki Tanikawa 谷川さんによれば答えはやはり単純で、親は勉強しろと子供を叱るが、ゲーム会社はユーザーである子供を褒めることに徹底的に注力しているからだ。アプリを開いただけで褒め、敵を一匹倒しただけでレベルアップさせる、小さな一歩一歩を細かく褒めて承認してゲームを続けさせることが彼らのビジネスである。叱る親はゲーム会社に勝てない。単純な理屈である。親が叱るのは子供の愛情に甘えているからだ。ユーザーに甘えられないゲーム会社はよりシビアである。 世間は大きな誤解をしている。東大はすごく頭がいい人が行く、と思っている。しかし、実際に東大に入るのは頭のいい人ではない。頭がいいかどうかとは関係なく、受験を高尚なる行為でなく、単なるゲームだと矮小化して捉えているからこそ成功している。進学校のシステムとはそういうものである。ゲーム会社と同じ役割を果たしている。 世間は逆に捉えている。勉強を高尚なものごとであり、それができる人を偉いと敬う。しかし、当の本人達は、勉強を小さなもの、時には卑近な作業でしかない、と逆に重きを置いていない。 社会ではその彼らが上に立つというのはある意味滑稽にみえるかもしれないが現実である。こだわる人ほど成果をあげないのがこの世の常である。 東大に受かる人達のすごさをあえて言えばその小さな物事に集中しつづける意識のコントロール力にある。受験は意識コントロールの良いトレーニングの場ではあるがそれ以上でも以下でもない。得た知識は時と共に移ろい、やがて忘れさられる。残る価値は集中した体験である。ゲームも次から次へと生まれてゆくのだ。 人はついぞ物事を大きく捉えすぎたり、のめり込み対象に埋没するとかえって成果をあげられない。 成果をあげたければ対象から距離をまず置くことである。物事から距離を置くことで、その対象は小さくみえ、切り離すことで客観化され、全体像が把握できることで攻略しやすくなるのである。その上で、対象と成果に集中し続ける。意識の焦点を外さない。距離をとりながら、意識を集中させ続けるという矛盾した行為の掛け算が成果の源泉なのである。距離のあるものに焦点を当てロックし続けることはたしかに難しい。 だがまずは、仕事も勉強も所詮はゲームにすぎない。スイッチを切れば終わるし、いつでもリセットしてやり直すこともできる、HPがなくなればゲームオーバーだ。そんな風に楽に捉えてみよう。それが今の日本から悲壮感をなくし楽しく過ごすコツかもしれない。

            経営者なら、社員に忠誠心を期待するな

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              マネジメントがうまい経営者ほど、人が最大の資源とわかった上で、社員に必要以上に期待しないものである。

              今、会社の多くが忠誠心を求めすぎ、それを社員は責任感で返しているようにみえる。成長のためという文句で長時間労働を強い、不毛な知識を植え込むのが常態化していることもある。
              それは単にマネジメントが不安で勇気がないとうことだ。

              結果、社員は疲弊して病気になり、そのコストを会社は負担する。お互いに不幸である。

              人に必要以上の期待をするのは間違いである。人の責任感につけ込み、忠誠心を要求し、いたずらに成長や時間を引き出すのは下のマネジメントである。
              人の性質やキャパを見極め、その資源の「範囲内」で成果を挙げる戦略を考え、実行するのが本当のマネジメントである。人への期待値は半分くらいが妥当である。人材は戦略的自由度が大きそうで実はもっとも少ない資源なのだ。だからマネジメントはむしろその限定された資源でできることや代替案を多様に持つことに自分のエネルギーを注力するべきである。これをリソースベーストビューという。今あるものでなんとかする、という姿勢である。マネジメントは当たり前だが成果を上げるのが仕事である。業務遂行ではない。成果をあげるに足るエネルギー・資源の調達を怠り、しかしながら成果をあげるために人的資源を必要以上に酷使するのはやめたほうがいい。信用を失うし、長期的に理に適ったやり方ではない。続かないからだ。
              成果をあげるに足る資源の正しい見積もりがもっとも重要なマネジメントスキルである。その際、人には成長も背伸びも忠誠心も成果も期待しない。この境地がこれからの事業を支える。

              なぜならこれからの事業運営は、業務時間も作業場所も多種多様な人々をどう配分して運営するかにかかっているからである。副業オッケーなどというレベルではない。子育てで遠隔・週2日の主婦から、世界の裏側のデザイナー、病気がちで出社できないエンジニア、夏に2ヶ月の休暇を取る文化人、膨大なプロジェクトを抱えるプロデューサーの週3時間のコミットなどをどれだけ柔軟で機動的に調達して活用できるかでコストも効果も変わってくるからだ。
              毎日、朝9時から夜8時までオフィスで働いてくれる優秀な人材は期待すべくもない時代に突入する。常にオフィスに侍るのは業務遂行者だけになる。

              したがって、マネジメントたるものは早くこの境地に達して、メンバーの時間と空間の自由自在な調整を計り、コミットを引き出し成果を挙げるスキルを身につける必要があるということだ。


              ウォールストリートジャーナルの購読を辞めました

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                先ほど、ウォールストリートジャーナルの購読を止めた。月額3000円は質の高い経済情報の対価として妥当だった。だけど僕には世界を動かしているパラダイムが変わったように思えるし、そうなると記事のテーマにも違和感を感じるようになった。

                今、お金がいったん本来の姿に戻ろうとしている。お金の起源は「記帳」にある。人々は昔、それぞれの持っているものを提供しあっていた。ちまたで言われているようなリアルタイムの物々交換は実は存在しなかった。それは不便すぎたからだ。そうではなく、あげたもの、もらったものを互いに記帳していったのだ。記帳からくさび形の文字が生まれた。お金が先で文字があとで発明された。中世ヨーロッパでは年に一度、リヨンの大市で取引の精算が行われた。複式簿記が生まれた。会計に優れた商人が権力を持つようになった。

                やがて王の持つ権威と、商人の権力が協力する形で中央銀行ができた。最初の中央銀行はイングランド銀行だった。英国王は戦争で国庫が窮乏していたし、国際商人達は自分達の私的取引による商規模拡大に限界を感じていた。両者の思惑が合って、国家がお金を作って市中に流すようになった。いまでもその中央銀行がお金を作り、コントロールしている。もちろん裏でコントロールしているのは商人である。これは400年間変わっていない。陰謀論に興味は僕はない。ただたいていの中央銀行の株主は民間(商人)と国家が半分ずつというのは事実である。

                さて、今起こっているのは中央銀行が終わろうとしていることだ。この国でももう日銀は円を刷りすぎたし、米国でも中国でもそうだ。何かを創り出すよりもお金を刷ることで為政者が机上で経済をまわすのは無理だ。やがて中央銀行通貨の価値はなくなる。新しいビットコインの本質は通貨でなく、記帳の履歴を完璧に暗号化することだ。本質的意義はよくいわれるような仮想通貨(Bitcoin)ではなく新しい記録装置(bitcoin)である。

                さて、ウォールストリートジャーナルはFRBを中心に中央銀行の金融政策の情報の質と量が圧倒的なメディアである。だが経済は今は別のところで回りつつあると僕は感じる。それは個人の信用と互いの取引である。僕はこのメディアの前提となる中央集権的な経済システムの考え方に違和感を感じている

                お金は大事だ。しかしそのお金の本質を知り、お金の源泉を得ることの方が大事だ。

                お金は持ち寄りとその与え合いの記帳からはじまった。それぞれが産み出した価値を提供し、記録することがその源泉である。やがてその価値創造と貢献の記録は貯まって信用となる。その信用が貨幣という形で世の中に出回る。それがお金のしくみだ。貨幣自身には価値はない。その元にある信用が貨幣というメディアの価値を担保する。「譲渡可能な信用」それこそがお金の定義である。信用なき貨幣に価値はない。国家はもはや凋落している。残るのは徴税権と交戦権だけだ。それを行使することを匂わせるしかない。昨今の右傾化も増税も背景は単純だ。

                ひるがえって個人は各々の信用を世界に創り出すことができる時代となった。かつては1つの村や島でしか信用は流通できなかった。今は違う。世界のどこでもその信用は流通しうる。
                個人に必要なのはお金(中央銀行通貨)を得る力でなく、価値と信用の創造力だ。

                お金とはまず価値を作り、マーケットに行ってそれを換金することで得るものだ。だが今はマーケットに行かない。むしろ個人間の信用取引で価値を流通できる。家を借りるために不動産屋に行き、車を手に入れるためにカーディーラーに行き、家具を買うために大塚家具に行くのは今世紀の生き方ではない。家も車も家具も近くの私的ネットワークで手に入れることができる。空室率は25パーセント、車は5700万台ありこの数字は10年前と変わっていない。つまりモノは世にありあまっている。わざわざマーケットまで行き、お金を作って手に入れる必要がなくなっている。個人間取引のメルカリアプリで80万のベッドも100万の新古車も、知識を持ち丁寧で誠実であれば10万円で手に入る。大切なのは個人間の信用である。マーケットであえて買う必要があるのはAmazonの生活必需品と交通機関だろう。今や個人はその知識と信用を駆使して、中央銀行通貨を介さずに互いに安価に価値を交換する度合いが急激に増えているのだ。それを知らない人ほどお金を求めるがそれは旧時代のパラダイムだ。縁は円より強し。これは標語ではない。事実だ。

                今世紀の生き方の指針として、マーケット(金)で解決しないこと、価値と信用の創造力を身につけることの2点が挙げられる。マーケットで解決しないとは私的ネットワークとその信用残高で価値交換する姿勢、創造力とは既存の物事の新しい組み合わせのことだ。その知識と実践こそが今世紀のすべての人に求められているのだ。


                睡眠時無呼吸症候群と僕の憂鬱な5年間のてんまつ

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                  (同じ症状で困っている人にはシェアしてね)
                  『憂鬱な睡眠時無呼吸症候群(SAS)と僕との5年間のお付き合いのてんまつ』

                  人生でもっとも大事なエネルギーは、健康とお金だろうし、その健康の3大要素が「睡眠」「栄養」「運動」だとするのなら、やはり睡眠について一度は考えてみる必要がある。

                  「人間の武器は、信頼と習慣だ。」と伊坂幸太郎のゴールデンスランバーで描かれているけど、そのどっちも難しいし僕はあてにしない。人間(僕)は怠惰な生き物だ。

                  風呂はもっぱらカラスの行水で、寝る30分前までポテチを食べ、「bokete(ボケて)」のアプリで薄ら笑いを浮かべながら寝落ちする習慣は僕の場合どうやら治りそうにない。だから人生で大事なことは1回でケリをつけるようにしている。例えば今回の手術がそうだ。

                  さて、僕が睡眠時無呼吸症候群(SAS)だと診断されたのは2011年の秋で、順天堂大学病院の呼吸器内科で入院検査を受けた結果だった(とてもいい病院だ)。無呼吸は自分では気づかない。チャック全開で歩いている時に、「ねえ、相手のズボンのチャックが 開いてるときってどんな風に伝える?」 と質問して気づかせてくれるような賢明パートナーが指摘しない限りは病院で検査することもないのだ。ちなみに僕の場合、隣に寝ていた後輩が「息止まって死んでるかと思った」という身も蓋もない一言を発したことから検査することになった。

                  処方されたのはもっとも一般的な方法、つまり呼吸器(CPAP)をつけることだ。これはレンタルで月に5000円、加えて毎月通院しなければならない(こちらの時間のほうがコストだ)。

                  さっそく、処方箋を主治医に言って英語で書いてもらい(書いてくれた)、海外からcpap.comを通じて取り寄せた。おすすめはphilips社のもの(http://www.cpap.com/productpage/pr-system-one-60-series-auto-machine-bluetooth.html)だが関税でひっかかる。関税の手続きが嫌ならこっちのトラベル用がいい(http://www.cpap.com/productpage/transcend-auto-cpap-machine-somnetics.html)かもしれない。

                  CPAPを使うと症状は収まるが、いかんせん手間がかかる。全快することもまずない。旅行や海外出張の荷物も大変かさばる。エコノミークラスでは電源がないから使えない。主治医の綺麗な女医に聞いたら「あら、ビジネスクラスなら使えるわよ」と笑顔で返された。なるほど、しかし、ビジネスクラスの隣の客がダースベーダーのようなマスクしてゴーゴー音立てて寝ていたら、「おいおい、仕事してる場合じゃないから、帰ってゆっくりしろよ」とツッコミの一つでも入れたくなるのではないか、と心のなかで僕は彼女につっこみをいれた。

                  CPAPが持ち運びに不便ということで、次につかったのは、ベンチャー企業が開発したナステント(https://nastent.sevendreamers.com/)だ。これは鼻からチューブを入れて軌道を確保するもの。一本700円と安くないが移動用と割り切るしかない。いわば鼻のコンタクトレンズみたいなものだ。
                  ナステントの違和感に慣れず、世界を旅する探検家・宇宙飛行士になるのが夢である僕にはどうしてもこういった機器を克服する必要がある。ここではじめて自分はなぜ睡眠時無呼吸(SAS)になったのか、考えてみた。

                  原因として考えられるのは「肥満」「鼻」「喉」「その他」なわけだが、ほとんどの人は「肥満」が原因だ。しかし僕は一時期を除けば肥満の水準にない。舌根沈下(あごが小さく、舌がのどの奥に入ってしまう)という仮説をもとに「あいうべ体操(http://mirai-iryou.com/mc_aiube.html)」を3日ほどやってみたこともあるがそれも挫折した。第一、人にみせられたものじゃないし、こういう運動の「習慣」というものを僕はあてにしない。どうせ続かないからだ。美容には良いらしいので根性のある女子はぜひ。鼻呼吸にするためのテープ「ねるねる」もおすすめ。アゴがすっきりする。

                  そうこうしているうちに出会ったのが、今回の東京ロンフェルメ耳鼻咽喉科(http://ibiki-clinic.com/)である。病院名もさることながら先生もとても変わってて、なんというか、新垣結衣が出ていたドラマ「リーガル・ハイ」に出てくる堺雅人演じる小御門弁護士(http://matome.naver.jp/odai/2137527134577227201)そっくりのマシンガントークで症状と処方を説明してくださった。診察が終わって、隣の部屋でナースに「先生だいぶ変わってますね」と言ったら、「初めて会うタイプの先生だとは、みなさんおっしゃいます」と答えられた。物は言いようだ。

                  というわけで今回の手術になったわけだが、手術後3日間の痛みに耐えればあとは症状が回復してくるかもしれない。(なんとも言えない)

                  僕はここまでに5年と50万円ほどがかかったわけだが(その他、マウスピースやらダイエットやら)、潜在患者数300万人とも言われる睡眠時無呼吸をどうか皆さんが効率的に治してくださることを祈っています。

                  *あくまで一患者の体験です。真に受けないようにお願いしますー


                  人生のレールは一つじゃない。8つのロールモデルから選択せよ 〜小泉進次郎議員と若手議員へのプレゼン〜

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                    小泉進次郎さんと若手議員の「財政再建に関する特命委員会」でプレゼンをしてきました。本当はこういうことはあまりオープンにすべきでないと思うのですが、紹介者の許可のもとに少しだけ思うところを書きます。

                    さて、国家の政策提言についてはここ2年くらい自分なりに考えてまとめてきました。すでに21世紀は20世紀とまったく異なるパラダイムで動いているし、それに対し現在の国家政策は、財政戦略的・国民幸福的な観点から大きく誤っており、また俯瞰的にみて体系的で統合的な視点からの施策に欠けていると思うからです。
                     統合的でないとはどういうことかといえば、財政・教育・法律・外交・内政・税・社会保障・産業・地方創生などがそれぞれの論客で個別に語られているということです。当然ながら個別の論点は全体に相互に影響を与えるわけであって、そのような全体を俯瞰するフレームワークがまず必要だと思うのです。(今度、提示します)

                    さて内容ですが、もし仮に国民の幸福を第一の論点として考えるならば、それは経済と社会的関係資本(ソーシャル・キャピタル)に分解されます。経済についてはGDPの額でなく、率、すなわち一人あたりGDPがもっとも重視されるはずです。これをさらに分解すると労働生産性と資本生産性にわかれるわけですが、どちらも先進国の中で日本はワーストクラスです。
                     とくに大企業の生産性は、ベンチマークとなる他国企業と比べて1.5〜3倍以上低いし、資本生産性も最低クラスです。



                    今の日本では、女性・シニア活用、少子化対策などと言っていますが、課題の本質はそのような労働量の拡充ではなく生産性にあります。資本も同様です。リスクマネーがまったく供給されていません。

                    このような中で、人々は、大学→大企業→一軒家・家族といったこれまであったたった一つのレールがすでに壊れた現在、自由に生きろ、と言われつつ新しいロールモデルがない。だから露頭に迷うのも当然です。



                    そこで、一つの人生レールでなく、8つのロールモデルを提示し、それを早い段階から自主的に選択する生涯教育システムを提案しました。

                    例えば、ドイツからマイスター(職人)制度、フランスのグランゼコールや寄宿舎学校などのエリートシステム、人の気持ちに寄り添うプロフェショナルである感情労働(エモーション・ワーカー)、アメリカのコミュニティ・オプティマイザー(地域リーダー制度)、クリエイティブクラス、それにオペレーションクラスなど8つのモデルです(これらはあくまで仮説です)。今必要なのは、このような具体的で違いの明確なキャリアプランを提示することです。抽象論だけで前に進まないと思うからです。もちろんこの8つはどれが偉い、位が高いなどの差がなく、個人の資質に合わせて選ばれるものです(ドイツのマイスターは社会的尊敬も大きい)



                     またすでに余っている高校や大学などの高校・大学などの市民開放によるコミュニティ・カレッジを制度化し、国家統一で単位認定し学歴や会社に囚われれずにキャリア形成ができるようにすることも併せて提案しました。


                    もちろん、しくみだけでなく、産業の中身も必要です。そこで新産業創造への政府のコミットとして10兆レベルの出資を行うこと。そのスキームについては、独立した株式会社組織とし、政治・官僚の影響を廃し、市場原理に従うこと、民間のプロフェッショナル人材を登用することを提案しました。残念ながら歴史的にも現状でも官庁や政治家紐付のお金は結局バラマキに終わります。大事なのはカネでも事業のシーズ(研究)でもなく、事業を育てるビジネスプロフェッショナルの存在と市場原理から目をそむけないことなのだから。このような10兆の生き金は2040年までに100兆レベル(時価総額の1/5)の産業をつくるに資するでしょう。


                     最後に、20世紀の人権が、“生存”の保障だったのに対し、21世紀の人権は、“承認”の保障まで拡大すべきだといいました。日本の孤独や自殺は異常だし、人はもう飢えて死ぬ時代ではないのです。人とのつながりを喪失することで精神的・社会的に死んでいるのです。実際、20代の死因の1位は自殺で、これは日本だけの現象です。そう考えると、21世紀の社会保障は、本当は「社会“関係”保障」なのだということです。


                    ニート風情が偉そうなことを言って恐縮ですが、全部、事実に基づいた現実です。少しでも日本の政策が本質的な問題解決につながり、国民の幸せとその新しい日本の価値観とシステムが世界へのインスピレーションになればいいな、と思いました。

                    ちなみに、当日、プレゼンの時間だけは厳守しろ、と口をすっぱくして周囲に言われたので、ランチでボロネーゼパスタを作った時につかったタニタのキッチンタイマーを持参して、「今日はアルデンテでやらせて頂きます!」と最初に話して議員たちの失笑を買いました。結局、プレゼンは、時間も内容も「モルビド(茹で過ぎ)」でしたけど。。(^_^;)

                    プレゼン資料はこちらです
                    http://www.slideshare.net/agewall/20160518-62126992

                    最後に、非常に忙しい中、アドバイスと各国の論文にあたったり資料作成を手伝ってくれた 松田 宇弘 名川 航太郎 内藤 勇耶 藤沢 烈に感謝します。

                    日本の人口減は別に問題じゃないよ、という話

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                      今の日本の閉塞感の議論は、一言でいうと、「生産人口が減っているからまずいよ!」ということに尽きるわけで、そこから年金問題や社会保障(老人を支えられない!)、少子化問題、移民問題とつながっていくわけだが、これはまったくの誤解であり前提が間違っている。なぜならいまの生産人口算出の”定義”は「15才〜65才」となっているからだ。しかしよく考えてみよ。今の時代に15才から働き始める人がどのくらいいるのか?あるいは、65才でリタイアしなきゃいけない年配がいるのか?という話である。むしろ65才といえば成熟し、壮健な人ばかりである(考え方は刷新されていないかもしれないが。。)しかも、このような若い60代が出てきたのもわずかこの20年の変化である(人類の歴史を見れば、平均寿命は近年100年で約30才から70才へと急激に伸びている)。つまり近い未来、70才は「中年」、40才が「青年」と呼ばれる時代に入るのである。この状況を鑑みれば、今の時代でさえ、”本当”の生産人口は、「18才〜74才」で算出すべきである。もしこの定義に生産年齢を整えるならば、我が国の生産人口は2045年の未来でも現状と変わらない水準であり、つまり十分にまかなえる。

                      したがって、我が国がやるべきことは単純であり、まずは国民の健康と心身のメンテナンスに対する徹底的な集中および投資である。具体的にはロボティクス(特に歩き続けることができる支援ロボット)・統計的な医療・未病支援・健康保険組合制度の改革・教育・医療機関(病院)のインフラ刷新である。これら医療については制度面・テクノロジー面・分子生物学の面・あるいはネットを使った知識の共有(コネクト)の面で、破壊的なイノヴェーションが控えている。
                      第二に、生涯教育の義務化である。産業の新陳代謝に合わせて仕事人の知識・スキルセットをアップデートさせるための全国民的なしくみである。
                      第三に、企業を巻き込んだ働き方に関する様々なオプション(労働時間・労働条件の自由化)の提示である。

                      まとめると、あらゆる国民の健康に最先端の意識が払われ、価値のある貢献(仕事)ができ、そして就労環境が整えるられていること、あたりまえだがそのようなシステムの再構築によって、現在問題だと言われている人口問題は問題でなく、解決可能な課題となるのである。

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